中学受験生の父として2年間を振り返り|果たして何ができたでしょうか・・・


中学受験生の父として2年間を振り返り|私立中学校へは行かせてあげたいと思っていましたコッコパパ

中学受験生の父として2年間を振り返りについてこの記事をご覧いただきまして誠にありがとうございます。

コッコとたぬりの日記~和なごみ~サイト管理人のコッコパパでございます。

この記事では、わたくしコッコパパが、中学受験生の父として果たして何が出来たか?とこの2年間を振り返ってみた事から

  • 中学受験生の父として2年間を振り返り|私が受験賛成した理由
  • 中学受験生の父として2年間を振り返り|恩師に会う機会があり
  • 中学受験生の父として2年間を振り返り|板挟みの辛さ

以上の項目に沿ってご紹介させて頂きます。

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中学受験生の父として2年間を振り返り|私が受験賛成した理由

中学受験生の父として2年間を振り返り思い起こせば今から約2年前の2月くらいでしたでしょうか?我が家の長女のコッコが、私と妻に私立中学校を本気で目指したいと言ってきたのです。

私は元々、コッコが妻のお腹の中に出来た時から正直、女の子であれば地元の中学校へは行かせたくないなという気持ちが内心ありました。

地元の中学校は私や妻の母校ではありますが、私は自分の母校でありながら当時の年のかなり離れた後輩になる現役中学生の子たちの町での素行を仕事中など車から見かけるたびにため息をつきがっかりしていました。

そして、子どもが出来たら自分の後輩にはしたくは無いものだな・・・と考えるようになっていました。

しかし、私自身中学受験をした経験も無く、当時周囲に子どもを中学受験させた知り合いもおらずに(いるにはいましたが自分にそういった情報にアンテナを張っていないと耳に入って来ないものですね)コッコには、七田チャイルドアカデミーや公文教室、個人の個別進学指導塾、ピアノに水泳、剣道など本人が興味を持ったものは習わせてあげるようにはしていましたが、中学受験の対策などは一切せずに4年生も終わりを迎えていました。

そんな時のコッコからの言葉でした。

私は、おっついにその気になったか!?親が進めずとも、その気になってくれたコッコに私は正直、嬉しかったです。私の本心を言えば、私立中学校へ進んでくれるなら、正直何処でも良かったというのが本当の所でした。

しかし、コッコからは明確に志望校の名前を言っておりまして、妻と調べたところ最難関ではないにしろかなりの難易度の中学校で間もなく5年生になるこの時期からでは正直難しいのではないか?というのが当初の私の率直な気持ちでした。

中学受験生の父として2年間を振り返り|恩師に会う機会があり

中学受験生の父として2年間を振り返りコッコから私立中学校を受験したい(いい方は第一志望校名に行きたいでしたが)との打診があり、妻と夜に2人でファミレスのドリンクバーを飲みながら相談して、本気のようだし、俺は賛成だという意志を妻に伝えはしたものの、私たちが動いた事と言えば、その当時通っていた個別進学指導塾へ私立中学校を受験したいと伝えに行き、コース変更をしただけでした。

しかもその時の個別塾の先生の反応は、第一志望校・・・絶句(無言で言葉を失っていました)、第二志望校・・・う~んう~んを繰り返され、先生!便秘なのですか!?とツッコミたくなるほど何も仰ってくれずに、少しの静寂の後、先生から勧められた学校は全く別の学校でした。

私は、今まで何も準備してきていないので、プロの目から見ればそれが当然かな?という思いと、アンタもプロなら結果はどうなるかはわからないけど全力を尽くします!一緒に頑張って行きましょう!くらいの熱い気持ちは無いのかね?とも感じましたが・・・。

しかし、私は第一志望校へ行きたいコッコの希望は勿論叶えてあげたいですが、私個人の親としての気持ちは、コッコが私立中学校受験を目指す事で、地元の中学校へ進学する可能性はかなり減っただろう・・・最悪何処かは受かるだろう?という気持ちで半分は安心もしていました。

それから少しして、私事にはなるのですが私の小学校の同窓会があり6年生の時の担任の先生にお会いする機会がありました。

そして、先生に実は娘が私立中学校を受験したいと言ってきたことを話してみると、先生は

『ええやないか!受けさせてあげたらええと思うぞ!』

と背中を押して下さいました。私の元担任のその先生は、現在は定年になられた後も私の地元の市の各小学校を回り、産休の先生の代わりや若い先生を指導する先生として頑張っておられる中、現在の私の母校となる中学校にはあまり良い印象を持っておられなかった事により、公立小学校の元先生すらそう思うのか・・・と私のコッコの後押しを全力でしようと言う決心もこの時に固まりました。

中学受験生の父として2年間を振り返り|板挟みの辛さ

中学受験生の父として2年間を振り返り

そして日々は過ぎ、コッコにとって運命の出会いともいえる馬渕教室との出会いがありました。

コッコは馬渕教室の校長先生に出会った事により、正直今回の中学受験のスタートラインに立てたと思います。

この馬渕教室での1年半は私にとっても、正直辛い日々でした。

私が経験した中学受験生の父親として何が1番辛かったかと言いますと、母親と娘の喧嘩の板挟みになる事です。

台風と台風が接触しそうな所に立たされているこのリスキーな感覚を週に何度も味わうという、この1年半で体重も2キログラムほど減りました。

元々、豊かにあったわけではない体重が減るほど神経をすり減らしながら私がしてきた事と言えば、母娘の仲がこれ以上険悪にならないように両者の間に立ち、お互いと1人づつ話し諭し機嫌を取りを繰り返すという黒子役に徹するのがベストだと途中で自分の立ち位置に気づいてからは、車での移動が必要で時間的に私が出来るときは行い、残りはプレッシャーに弱い母親のメンタルの保護と、プレッシャーすら感じないコッコに少しでもはっぱをかけながら、両者の絶対に一致しない温度差を極力、つなぎとめる梯子の役になっていました。

父親としてできた事は、受験をしてもいなくても結局、家族がどんな時でも仲良く居れる空気づくりしかありませんでしたね。

中学受験と言う、子どもの明るい将来の為に挑む受験の為に、家族が険悪ムードになる必要なんてそもそも無いではないか?とある日、そんな理不尽さを感じた時に、たかだか受験が原因で勉強するしないが原因で親子喧嘩をする事がそもそも馬鹿げてると感じてからは、2人の性格を今更変える事もできないので、クッション役になる事にしましたが、我が家では次女のたぬりが私の動きを無意識に模倣してくれ、私と同じように2人の仲裁役になってくれていたのは本当に助かりました。

そんな受験生の居る、独特の空気感の漂う2年間を過ごし、今また最高の形で元の家族以上の明るい空気感の家庭に戻ってこれた事も妻にコッコに、色々我慢したたぬりもそれぞれがそれぞれの精一杯を発揮してくれたからだと思います。

そして沢山の方々に支えられ、コッコも自分の夢を叶えるべくやっとスタートラインに立てた事に感謝しております。

特に、妻のブログに真剣にコメントを下さった方々には、妻やコッコも感謝しておりました。

わたくしからも本当にありがとうございましたとお礼を述べさせて下さい。

この記事でのご紹介は以上になります。

最後まで記事をご覧いただきまして誠にありがとうございました。

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